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2014.11.7 発売 |
NARP-8010 |
¥3,300 (税込)
¥3,000 (税別)
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中部ジャワのスラカルタ様式のガドンと呼ばれる小さな編成のガムラン、マヌホロとロンドンという二つの大曲を収録。
前者は2013年サプトノ作、後者はジャワ、スロカルト王家のパク・ブウォノIV世(在位1788~1820)の時代に作られた古典曲。
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サプトノ ~ジャワ・ガムランの巨匠〔1〕
<ルバブ>の魅惑 ガドン(小編成ガムラン)とともに
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【曲目】
①グンデン マヌホロ ペロッグ音階 リモ調(作曲:サプトノ)
②グンデン ロンドン スレンドロ音階 ソンゴ調(古典曲)
【演奏者】
サプトノ(ルバブ)、スカルノ(グンデル)、スウィト(クンダン)、トゥゴ(ガンバン)、スラマット(クノン&クト)、ラシマン(ゴング)
【録音】
2014年6月15日、ソロ(インドネシア)にて
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●プロフィール:サプトノ SAPTONO
1951年、著名な作曲家ナルト・サブドの出身地でもある、中部ジャワ、クラテンに生まれる。幼いころから音楽の才を見せ、1966年、ガムランのメッカであるスラカルタ(ソロ)市のKonser(コンセルKonservatoriの通称)に入学、1969年から、ASKI(Akademi Seni Karawitan Indonesia インドネシア音楽芸術アカデミー)に学び、スロカルト王家の伝統を受け継ぐガムラン演奏家、舞踊家、ダランたちの薫陶を受ける。在学中からクンダン(太鼓)奏者として名をはせ、また、多くのガムラン・グループを指導して、スラカルタ・スタイルのガムランを一般の人たちへ浸透させる役割を果たした。
1979年~1984年の五年間、東京芸術大学の外国人教師としてガムランと舞踊を教授、日本におけるガムランの普及に大きく貢献した。帰国後はISI Yogyakarta(インドネシア国立芸術大学)の教師として後続の指導に当たる一方、スロカルト王家の演奏家としてその伝統を受け継ぎ、2008年からはTindhih Karawitan(ティンデ・カラウィタン 王家ガムラン楽団長)に就任、王家の重要な儀礼におけるガムラン演奏を司る要職を担っている。王家における称号および名は、KRA Saptodiningrat である。
その演奏の技術の高さと独創性は著名であり、王家の音楽の伝統を守る立場からも、ジャワのガムラン界の重鎮的存在であるといってよいだろう。特に、そのルバブの音色のつややかさと変奏メロディーの豊潤なことでは、世界中にファンが多く、まさに、ガムランの巨匠(ジャワ語ではĔmpu Karawitan)と呼ぶにふさわしい。近年は儀礼などのためにインドネシア国内で、また、主に日本の演奏グループからの委嘱により、多くの楽曲を創作している。
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●ルバブのこと
中部ジャワのルバブは姿の美しい楽器である。ハート形の胴と、左右に、実用的とは言いがたい長さの糸巻が張り出す棹とが、絶妙なバランスを保っている。棹は、上に向かって限りなく細く、薄い円盤が重ねられている。棹の先と糸巻の先に、宝珠形の雫が付けられていて、仏塔の相輪のようである。奏者が胡坐をかき、体の前面にルバブを構えるとき、人体と弓と楽器は五輪塔のイメージを作り出す。それは、遠く、南アジアや東アジアの造形と響きあう。
しかし、その名は、まぎれもなくアラビア語のラバーブを語源としており、この楽器が、イスラーム文化圏に広く分布する同種の弦楽器のグループに属することを示している。
現在の中部ジャワのルバブは、木をくりぬいて水牛の内臓膜を張った胴を用いる。元来はココナッツの殻を用いていたもので、形にその名残をとどめている。棹は胴を貫通している。弦は金属製で、一本の弦を足に付いた突起を支点として左右の糸巻と結び、5度間隔に調弦する。弓は、馬の尾毛を用いていたが、現在はナイロン製のものが多い。弓はゆるく張られており、親指、人差し指、中指で枠を持ち、薬指と小指で張りを調節しながら弾く。弓を異なった弦に当てるには、楽器のほうを回転させるやり方をする。フレットはない。指を置く位置と圧力の調整で、非常に微妙な音程を出すことができる。駒は木製で、音を柔らかにするために。バナナの葉を弦の間に挟む。
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